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「おさるのさんぽみち」とは?

「おさるのさんぽみち」は、1995年10月7日から1996年12月28日まで、 神奈川県鎌倉市にあるコミュニティ放送局「かまくらエフエム」 で放送されたラジオ番組です。 放送時間は毎週土曜日の12:00から13:00までで、 パーソナリティは声優の菊池志穂さんでした。 番組開始時はちょうどプレイステーション版の 「ときめきメモリアル 〜forever with you〜」が発売されたり、 テレビ東京の「声遊倶楽部」がオンエアされていましたが、 「電脳戦隊ヴギィズ・エンジェル」のメリーヴェル役を初めとして、 志穂さんが一気にメジャーになっていく時期でもありました。 一方、コミュニティ放送ということで鎌倉周辺でしか聞けないため、 この番組を聞くために鎌倉まで毎週通うリスナーも多くいました。 さらに、遠距離のファンには電話やパソコン通信、 インターネットでテーマの告知をするなどして、 1週間で全国から100通以上のおたよりが届いたこともあるという、 まさに名物番組でした。

12:00ちょうどに「おさるの〜さんぽみち〜」 というタイトルコールに続いてテーマBGMが流れ、 「皆さ〜ん、こんにちは。○月○日土曜日、お昼の12時を回りました。 82.8MHz、Heart to Heartの電波に乗せて、あなたと私のHeart to Heart〜、 鎌倉由比ヶ浜のスタジオから生々大放送でお送りします 『おさるのさんぽみち』は、今日もぶりばり元気な菊池志穂がお送りします」 という志穂さんの元気な声で始まるこの番組。 毎週、番組冒頭で告知される「今日のFAXテーマ」についてリスナーからFAXを募集し、 それを志穂さんが放送時間中に次々と紹介していくというスタイルがメインでしたが、 レギュラーコーナーや志穂さんのフリートークもあり、あっという間の1時間でした。

オープニングからエンディングまで突っ走る志穂さんのハイテンショントーク、 お誕生日のリスナーや知人への「お誕生日おめでとうございます。 あなたの1年がとっても素敵な1年になりますように」というお祝いの言葉、 ちょくちょくBGMをかけ間違えては志穂さんに「小林君、正座ね」 と言われていた二代目ディレクターの小林少年、 なぜか滋賀県や京都府、大阪府からもリアルタイムに届くFAX、 ある人がFAXを送るとなぜか巻物FAXになってしまったり、 FAXネームに枕詞が付けられてしまった人など、 今なおこの番組と共に語り継がれている伝説も数多くあります。 当時のリスナーにとって、この番組は深く深く心に刻まれているのです。 そして、番組名こそ出さないものの、事ある度に 「昔、コミュニティで番組をやっていた時に」と当時を語る志穂さんにとっても、 この番組に特別な思いがあることは間違いありません。

1995年10月から毎週放送されてきたこの番組は、1996年6月29日をもって、 いったん「ロングバケーション」に突入しました。 しかし、同年8月3日から24日まで、同じく「かまくらエフエム」で 「さるカニ合戦!」という全4回の特番が放送されました。 この番組の放送時間は土曜日の23:30から24:30までで、 菊池志穂さんと、同局で「Countdown-K」「まよなからじお120」 を担当していたどすこいてじまさんの2人がパーソナリティでした。 毎週FAXテーマを告知してリスナーからメッセージを募集し、 番組中に紹介するというスタイルは同じでしたが、 志穂さんと小西寛子さんによる「真夜中のミニドラマ」、 どすこい“ひとりぼっち帝王”手島さんによる「ひとりぼっちシアター」、 0時の時報に合わせてのカウントダウンと「おはようございます〜」 のあいさつなど、深夜ならではの企画もありました。 もちろん、深夜にもかかわらずスタジオ周辺には多数のリスナーが集まって、 ラジオを聞いていました。

1996年10月5日、「おさるのさんぽみち オープングカーニバル」 と称して、ロングバケーションから待望の復活を遂げました。 もちろん放送時間も以前と一緒です。 コーナーも一新し、今まで以上に多くのリスナーが参加するようになりましたが、 その一方で録音の回も多くなっていました。 4週連続で番組にゲストを呼ぶという豪華な企画も終わり、 一段落した12月7日の番組中に、志穂さんから 「おさるのさんぽみち」が12月いっぱいで終了するという告知がありました。 その理由として、復活当初に思っていた以上に本業とのバランスが悪く、 自分の納得のいく放送が出来ていないという説明がありました。 「中途半端にはしたくない」という志穂さんの強い思いから、 悩んだ挙げ句に終了を決断したそうです。

1996年12月28日、志穂さんは「またいつかコミュニティ放送に帰ってくる」 と言い残し、「おさるのさんぽみち」は終了しました。 リスナーはずっとその言葉を忘れることなく待ち続けていましたが、 2年半後の1999年8月、ついに「おさる」が我々の前に帰ってきました。 神奈川県相模原市にあるコミュニティ放送局 「エフエムさがみ」にて、全5回の特番「おさるのうっきーサマー」 が放送されたのです。